二代目 今日も修行中!!

7月分 「江戸小紋の歴史」

日頃のご愛顧誠にありがとうございます。
うちだのきもの二代目の内田秀樹です。
今回は「江戸小紋の歴史」についてお話します。


1.江戸小紋と裃(かみしも)

裃は男性の正装の一種でした。

裃・時代劇などで見ることがありますね

江戸時代初期に入ると武家の間では裃に意匠を凝らして豪奢にすることが流行りました。
しかし幕府が発布した「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」という贅沢を禁じて質素倹約を奨める法律によって、この流行は規制されます。
そこで武家が好んだのが小紋の裃です。
各大名はそれぞれの定紋(じょうもん)を裃に染めさせ、一見無地に見えて実は柄付けが細かい小紋が好ました。
こうして武家の間では柄付けの細かさを競う風潮が生ました。
この柄付けの細かい小紋こそ江戸小紋(※)の起源です。

(※) ちなみに江戸小紋という名称は京都、加賀などの小紋と区別するため
    に昭和三〇年に決められました

2.定紋について

定紋とは各人が決まって用いる家紋のことで、本紋または正紋とも言います。
将軍家や諸大名は定紋を嫡子だけにしか継がせませず、他がこれを使うことは出来ませんでした。
そのため定紋は権威ある紋とされました。
定紋の風習は薄れた現在では、誰もが好みの柄を選ぶことが出来ます。

代表的な定紋は下記のとおりです。

徳川将軍家 … 「お召し十」
徳川御三家 … 「鮫」
松 平 家 … 「行儀」
細 川 家 … 「梅鉢」
島 津 家 … 「大小霰」
前 田 家 … 「菊菱」
甲斐武田家 … 「武田菱」


3.町人文化との融合

その後、江戸小紋は有力な商人・職人へ広まっていきます。

有力な商人・職人は大変裕福で、贅沢な嗜好品や遊びに多額のお金を掛けていました。
当時の着物への規制は厳しく、絹を使うことが禁じられ、生地は紬、木綿、麻などに限られ、色も派手なものは禁止されました。
こうした中でお洒落を楽しむのに江戸小紋は重宝されました。

商人・職人に広がると「いわれ柄」という洒落の効いた柄が出てきました。
「いわれ柄」には「大根におろし金(薬(やく)おろし)」「鋏と糸(切っても切れない仲)」「扇子(末広がり)」などがあります。

こうして江戸小紋は町人文化と結びつくことで、独自の洒落と粋の世界を開拓していきます。
当初は男性を中心に着用されましたが、時代が進むと女性の衣類として浸透していきました。


4.江戸小紋の用途

江戸小紋には柄付けの大きいものと細かいものがあります。
柄付けの大きいものはお洒落の普段着になります。

  
向かって左から「竹」「変わり段」「絵札」
※ 画像をクリックすると拡大表示されます

柄付けの細かい江戸小紋は普段着からお茶会、お宮参り、入学式、卒業式、訪問そして略喪服として幅広く着て行くことが出来ます。

  
向かって左から「市松に菊」「菱格子」「源氏香」
※ 画像をクリックすると拡大表示されます

一つ注意をしたいのは柄です。
例えば柄付けが細かくても略喪服として着るのに「扇子」「不良長寿無病息災」など縁起物の柄は都合が悪いです。
江戸小紋を選ぶときには、どのような用途で使うかを考えておくとよいでしょう。

ご質問などございましたら こちら からお願いいたします

2008年9月9日更新

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